ストラング(山口昌哉監訳),線形代数とその応用,産業図書(1978)

線形代数とその応用

線形代数とその応用

工学部の学生に線型代数の本を紹介するとき、学生の予算が許せば本書を紹介する。

H.Anton(山下純一訳),アントンのやさしい線型代数,現代数学社(1979) - 球面倶楽部 零八式もそうだが、アメリカの教科書は紙面の制約を気にせずにしっかり書いているので勉強するのには良い。その分、分厚くなるが。

もちろん不親切に書くほうが考える力が育つので良い、という考え方にも同意する部分があるのだが、その場合は用意周到に省かなければいけないので大変であり、それがきちんと出来ている書物かどうかはを正確に判定するには初学者に戻らなければいけないので不可能、ということでこの話題には深入りしない。

本書を工学部の学生に紹介する理由は、記述が具体的であり、工学部でよく用いられる最小二乗法および特異値分解に詳しいからである。彼の講義は

http://ocw.mit.edu/OcwWeb/Mathematics/18-06Spring-2005/VideoLectures/index.htm

にて拝聴可能。

第1章は、ガウスの消去法。

線型代数を語る際に、正方行列の理論を語りたいのか、一般的な行列を対象とした議論を語りたいのかによってスタートが異なると考えればよいだろうか。正方行列の理論を語る際には、行列式が大きな意味をもつが、一般的な行列を対象とした議論を展開する際は、行列式が定義できない以上、ランク標準形に頼ることとなる。

大雑把な言い方だと、理学部の線型代数は正方行列の理論が中心となり、工学部の線型代数は一般の行列が対象とした議論となることが多い。工学部だと、m次元の列ベクトル形式のデータがn個あり、これを並べたm\times n行列を考察の対象とすることが多いからである(統計学者は、行ベクトル形式のデータを扱うことが多い)。

その考え方によれば、本書の考察対称は一般の行列であるため、ランク標準形に頼ることとなり、行列の基本変形の意味が明確となる連立方程式が例題となり、ガウスの消去法がスタート地点となる。もちろん、最初の最初は変数の数と式の数が一致する場合の連立方程式を扱うが。

連立方程式の解き方と、連立方程式を行列表示したときの解き方を比較して、行列の積という形で基本変形を導入する。まずは正方行列ということで三角化。LU分解、LDU分解。計算量や誤差の影響についても考慮しているのが工学的。

第2章は、連立一次方程式の理論。

ランク標準形、一般解のパラメータ表示にも少し触れ、線型独立、基底、次元と続く。厳密な証明よりも具体的な例などで感覚的に理解することを重視している。行空間とその零空間、列空間とその零空間を考えて次元定理。逆行列。直交性。

ユークリッド計量を仮定しているのはちょっと残念。\mbox{Im}(AB)の考察にて本章を終える。

第3章は、正射影と最小2乗法。

この章があるからこそ、工学部の学生に本書を薦める訳である。

内積、直交、射影行列、グラム−シュミットの直交化法、一般逆行列特異値分解、重み付き最小2乗法と、最小2乗推定の基本的な数理を学ぶことが出来る。

第4章は、行列式

行列式の主な用途は、固有値を求める、ヤコビ行列式を求める。数値計算の安定性の尺度にある、というような言明がある。その通りである。

行列式に関して特徴的なことは、それが表わされる直接的な公式ではなくて、それがもつ簡潔な性質である。

という言葉は教育的である。

行列式の、多重線型性、交代性、正規化を定義し、三角行列の行列式が対角成分の積、det{AB}=det{A} \cdot det{B}と証明して、転置行列式をLDU分解によって証明する。LDU分解を用いなければ、置換の概念が必要となる転置行列式の証明が、驚くほどあっさりと導かれる。ここまでで置換の概念は登場しない。

次に置換行列を利用して行列式の成分表示。置換の符号は置換行列の行列式と一致するので、置換の概念を極力抑えた形で行列式の成分表示が可能である。素晴らしい。というか学生の頃に読んでいるはずなのに今まで忘れていた自分がちょっと阿呆。

もちろん、置換行列の行列式を求めるときに実質的に互換や置換の概念が登場する。

次に余因子展開。そして行列式の応用として逆行列、クラメルの公式、平行多面体の体積、ガウスの消去法におけるピボットの公式。

第5章は、固有値固有ベクトル

行列の対角化、差分方程式と行列のべき乗。例としてフィボナッチ数列マルコフ過程、経済成長についてのフォンノイマンモデル、投入−産出モデルを紹介。安定性と固有値についても議論。微分方程式と行列の指数関数。

複素数を成分とする行列がここで登場。ユニタリ行列とエルミート行列。ユニタリ行列による三角化。ユニタリ行列によるエルミット行列の対角化とスペクトル分解。

第6章は、正定値行列。

これで章を組むところが工学的。まずはヘシアンと極値判定。二次形式の標準化。シルベスタの慣性法則。一般化固有値問題(を軽く)、最小原理とレイリー商。レイリー−リッツの原理と有限要素法。

第7章は、行列の数値計算

連立方程式の解の安定性(誤差評価)を与える条件数。固有値の計算、Ax=bの反復法、とあるが私は数値計算が苦手なので評価できない。

第8章は、線型計画法とゲームの理論。

単体法や線型計画法の双対性、ゲーム理論ミニマックス定理。このあたりも私は素人に近いので評価できない。

付録に、基底変換とジョルダン標準形。

学生のころは、さらっと流し読みをしていたのだろうか。もっとしっかりと身につけておくべきだった。