長谷川浩司,線形代数,日本評論社(2004)

線型代数―Linear Algebra

線型代数―Linear Algebra

数学セミナーの連載のまとめ。連載記事のまとめの良いところは加筆修正をしたとは言え各講義の長さがほぼ一定となるところ。悪いところはそのために重要なところでもコンパクトにまとめなければならないところ。

さて、1973年の指導要領から高校にベクトル、行列、一次変換が導入された。著者は1963年生であることから、高校において線型代数を学んでいる新世代による著作である。この世代によって書かれている線型代数のテキストは、2次行列を詳しく扱う傾向がある。その影には

2次行列のすべて―新しい線型代数の学び方

2次行列のすべて―新しい線型代数の学び方

の影響も少なからずあるかもしれない。本書は当時としては画期的であったが、今となっては物足りない内容ではあるが。

ともかく、高校時代に線型代数に触れている人が書く線型代数の教科書は、高校数学からの接続を念頭において書かれていることが多く、本書もそのように見て取れる。

第一部は、2次行列と平面の1次変換。

本書は、前書きにもあるように、一次変換が複素平面に取って代わられた10年間の学生に対する大学の講義が元になっていることもあり、高校時代に線型代数を学んだ人との差を埋めることが目的である。だから言葉遣いは大学のようであるが、

面積は行列式倍される、二次曲線の標準化、行列のn

など、受験数学での話題も抑えてある。またヘッセ行列などについても触れられてあり、線型代数が他分野の道具として有用であることを示唆している。

第二部は、線型写像、次元、行列式

第6章、数ベクトル空間から始まる。計量とは何ぞやとは気にせずに、3次元ユークリッド空間の回転行列のオイラー角表示。

第7章、3次元ユークリッド空間における直線や平面の方程式。平行六面体の体積と外積行列式の交代性を利用してクラメルの公式。高校数学のカリキュラムに空間ベクトルがあった頃の内容である。もちろん外積や平行六面体の体積は教科書にはなかったが、受験参考書では触れられているので、高校時代に自ら学んだことを振り返っているように思える。

第8章、ランク標準形と掃きだし法による逆行列

第9章、次元定理。行と列の両方を用いた掃きだし法は面白い。でも計算のためのスペースを食うなぁ。

第10章、正規直交基底。有限フーリエ変換を紹介。シュミットの直交化法とQR分解の関係にも言及。

第11章、n次の行列式。3元連立1次方程式を強引に解いて並べ替えることにより余因子行列を紹介。3次の場合の多重線型性、交代性、規格条件(det{I}=1)を確かめて、これを一般のnの定義とする。これら行列式の定義からクラメルの公式。符号を定義して、符号による行列式の表現、転置行列式、余因子展開。

第12章、行列式の多重線型性を利用したdet{AB}=det{A}\cdot det{B}の証明。平行2n面体の体積を、辺の順序付に不変、等積変形、底面積×高さ、1次元体積の4つから、行列式の絶対値に等しくなることを導く。この流れは面白い。あと外積代数に少し触れる。

第13章、行列の対角化、三角化すると固有値が対角成分に現れることを利用してケーリー−ハミルトンの定理を証明。ラグランジュの補間公式を利用してスペクトル分解の表現を得るところは素晴らしい。

行列の多項式の値を求めることは、最小多項式で整除することによって次数下げされる訳だが、これは最小多項式の零点において値が一致する、最小多項式よりも低次の多項式を求めていることに他ならず、よって補間公式が使えるわけだ。
私自身は、2次行列のn乗を求めるときに、ニュートンの補間公式を使っており、その変型で、実質的にラグランジュの補間公式による表現を得ていたが、それがラグランジュの補間公式であることに気づかなかった。汗顔の至り。

あとジョルダン標準形にも触れる。

第三部、一般の線型空間

第二部は数ベクトル空間であったが、ここでようやく一般の線型空間の定義。多項式、線型微分方程式の解空間、内積と正規行列、二次曲面の標準化、行列のなす群、行列の極限、Lie代数にも少し触れる。直和、補空間、商空間、双対空間、テンソル積、ジョルダン標準形についてやや詳しく、展望として量子力学の入門にて本書は終わる。

分かりやすいのだけど、もう少し深入りしてほしいと物足りなさが残る。これも連載記事の単行本化の欠点の一つかも知れない。

あとユークリッド計量が前提となっている状況は、実用上問題にならないことが多いかもしれないが、工学において空間にどのように計量を与えるべきかという問題は重要なので(例えば情報幾何学など)、計量が始めから当たり前のように存在している訳ではないよ、という議論がほしいところ。