平岡和幸・堀玄,プログラミングのための線形代数,オーム社(2004)

プログラミングのための線形代数

プログラミングのための線形代数

参考文献の殆どが東大計数関係、著者らも東大計数出身、ということで基本的に伊理韓の流れを汲むと考えてよい。でも参考文献に伊理韓の線型代数が含まれていない。これは伊理さんの岩波応用数学線形代数I,IIに含まれるので省いても十分ということか。なお伊理さんの岩波応用数学線形代数I,IIは現在

一般線形代数

一般線形代数

にまとめられている。なお、伊理さんの一般線形代数はテキストであるが辞書的でもあり、この本に載ってなければ知らなくても仕方がないというように思っている。最近、その辞書の役割は

統計のための行列代数 上 (1)

統計のための行列代数 上 (1)

統計のための行列代数 下 (2)

統計のための行列代数 下 (2)

に奪われつつある。

本題に入ろう。

この本の特色は、フリーソフトウェアをつかって線型代数の視覚的イメージを補うところにある。それと相伴って線型代数の事柄を手続き的に理解するように書かれている。つまり

実例⇒手続き⇒証明

という流れで一貫しているということである。また昨今のテキストでは良く見かけるが Q and A がいたるところにちりばめられている。しかし、その部分を除いては、平坦な構成で、内容の強弱をもっと視覚的にしたほうが良いと感じた。なんかごちゃごちゃしているので基本的であり重要なことは一通り書かれているが、一度勉強したあと、それがどこにあったかを探すのが結構大変である、というイメージ。

あと、数値計算上の問題点に気を配っているので、工学的には非常に有難いけれども、理学的に線型代数を学ぶにはちょっと鬱陶しいかも知れない。

第0章、動機。

主成分分析のようにデータの線型性を調べる、微積分などは局所線型化だから線型代数は大事そうだね、ということ。

第1章、ベクトル・行列・行列式

数ベクトル空間と、数ベクトル空間における直感的な演算(もちろん線型空間の定義)、矢線ベクトルと空間のイメージ。矢線ベクトルとその表現である数ベクトルの記号を変えているのは伊理韓の流れ。数ベクトルによる表現は基底の選び方に依存することの強調には不可欠な流れ。

基底となる条件から線型独立性と次元。写像としての行列。この写像を理解させるためにフリーソフトウェアを活かしている。写像の合成としての行列の積、行列のべき乗。逆行列やブロック行列の説明。「いろいろな関係を行列で表わす」という小節は非常に良い。この訓練は大切だからだ。座標変換や転置行列を定義。行列計算の腕試しのところは良く出来ている。

写像による体積拡大率としての行列式として導入するが、結局は符号付体積。交代化演算子を用いた行列式の成分表示。手続きとして求める手法があるにとどまる。補足として余因子展開。使うという立場からは面倒なことは深入りしないという立場。

正方行列でないと行列式は定義されないが、行列を写像と捉える立場ならば非正方行列の場合も体積拡大率を考えることが出来るはずであり、この点に関するコメントがないのは残念だった。一般の写像を局所線型化した場合についてはベクトル解析において第1基本形式として習うので線型代数の範囲外ということではあるが。

第2章、ランク・逆行列・一次方程式

ガウスの消去法、枢軸変換。ガウスの消去法と変数消去法の計算量の違いを図で表現しているのはうまい。基本変形の所で行列式の余因子展開の際の変形と関連付けるのも、当たり前だが触れられている本は少ないか。

連立方程式不定不能から核と像の話に持ち込んでランクと次元定理を説明しているのも分かりやすい。ランク標準形を説明して連立方程式不定不能をランク標準形で考える。不能の場合の最小2乗法に少し触れる。

第3章、LU分解。

数値計算な人向け。LU分解の後、連立方程式は代入計算のみで解ける。だから逆行列も。というお話。

第4章、固有値・対角化・ジョルダン標準形

自己回帰モデルを例に固有値による安定性の評価が主題となっている。固有値固有ベクトル特性方程式、線型微分方程式

対角化できない場合としてジョルダン標準形の話。ジョルダン標準形が可能という前提で議論を進め、ジョルダン標準形の有難さについて述べてから、ジョルダン標準形を求める手続き、そしてジョルダン標準形に変換できることの証明。冪零行列と絡めた一般化固有値の議論はちょっと微妙。

本書にも述べてあるが、一般化固有ベクトルの指す内容が二種類あるのは何とかならんのか。

第5章、固有値の計算法。

固有方程式は、次数が高いと解の公式がないのだからどうする?というお話。実対称行列を回転による相似変換を繰り返して対角化するヤコビ法、同じ行列をどんどん掛けていくと任意のベクトルが(そのベクトルを張る絶対値最大の固有値に対応する)固有ベクトルに近づくことを利用する冪乗法、冪乗法で用いるベクトル(1次元部分空間)を多次元部分空間に置き換えて上位の固有空間を求める手法、QR分解のQを用いた相似変換を繰り返すことにより上三角行列(対角線上に固有値が並ぶ)に変換するQR法について説明。冪乗法とQR法の関係は、へぇ〜、っと思った。

プログラミングのセンス、つまり手続き的に理解するのが得意であれば、絶好の良書となるのだが、それが苦手な場合はちょっとしんどいかも。でも工学者として行列式やランク標準形などを理解するにはある程度手続き的に理解しなければしょうがない面もあるので堪えて欲しいところ。

もちろん世の中にはこのような手続き的な理解ではなく一発で理解することを心がけている書物も多い。そういうのは理学向けということになる。偏見。