永田雅宜著,理系のための線型代数の基礎,紀伊國屋書店(1987)

理系のための線型代数の基礎

理系のための線型代数の基礎

英語力の無さから国際会議の原稿が煮詰まっているので、久しぶりの書評。

永田雅宜著と書いたが、これは代表著者であり著者は20人ほどとなっている。永田先生と言えば、可換環論。ひらがなで書けば「かかんかんろん」。良い響きだ。かかんかんろんといえばSyzygy(シチジー)が思い出される。今何時。

Syzygy については
http://mathworld.wolfram.com/Syzygy.html
を参照のこと。多変数多項式の最大公約数のようなものだと書いてある。

とりあえず、余談はこのくらいにして書評に移ろう。

第1章は行列と1次変換。この本が出版された頃は一次変換は高校で習うが複素平面は高校で習わないという頃である。それもあってか、少し複素数複素平面に触れてから、n次元数ベクトル空間の定義に入る。この数ベクトル空間で用いる体は、実数体複素数体の両方。ただし数ベクトル空間に関してあまり議論を深めないままに、通常のベクトル空間を定義する。この時点で筆者の意図は、有限次元ベクトル空間と、適切な次元の数ベクトル空間の間には同型写像が存在することを早く述べたいのであろうと予測されるものの、その意図を明確にしていないため、やや統一感に欠ける構成となっている。まぁ、先を予測しながら本を読むのも大切ですといわれればそれまでだが。

そして行列と一次写像である。行列の積を先に定義していて、ベクトルも行列の一種ですという流れなので、行列の積が線型変換の合成から自然と導かれる構造となっているという躍動感に欠けるのがさびしい。ただ同じ線型変換でもその表現は基底によって変わるとう、当たり前だが大切なことを意識している点は良い。簡単に言えば、ベクトルは基底行列と成分表示の積で表現されるということである。そして線型変換の色々な事象は、この積を利用して表現すると簡潔になる。特に基底変換と成分変換の双対性は、この観点がないと混乱する。

その次は、部分ベクトル空間。

dim(U+V) - dim (U) = dim (V) - dim (V ∩ U)

準同型写像の絵を使って表現しているところは参考になる。つまり、

(1) ベクトル空間 U+V において U を同一視してできる空間( (U+V)/U; 商空間)
(2) ベクトル空間 V において V ∩ U を同一視してできる空間

は等しいということである。だから、次元においても等号が成立するというわけである。ただ、このように良い群論への布石がありながら、それを用いないまま終わるのは、やはり大学教養課程の教科書という位置づけだからだろうか。勿体無い。

Ker、Imに対しても、dim(U)-dim(Ker f)=dim(Im f) のように、準同型写像と商空間を意識した書き方になっているのに、あぁ勿体無い。

そして行列の階数と基本変形、転置行列、逆行列と足早である。基本変形逆行列を定義しておきながら、掃き出し法を用いた逆行列の計算はしていない。不思議だ。というか、この本、掃き出し法が目次にないぞ!!(掃き出すという言葉はあるが、それはある行の成分を1つを除いて0にすることを指す)

そして、研究である体の定義で一章を終える。章末の演習問題は結構充実している。

第2章は行列式。置換と符号を定義し、行列式もそれで定義する。三角行列の行列式を先に提示するのは教育的だ。そして行列式の性質を述べ、その性質をみたすものは行列式の定数倍に限られることを示す。

そして行列式の展開。置換による行列式の定義の式を整理することによって公式を導いている。これを微分を絡めると面白いのになぁ。そういえば、微分を使っている本を見たことがないなぁ。今度考えてみよう。

余因子行列、小行列式と説明してVandermonde と巡回行列式を述べておしまい。この章の研究は充実している。行列式の歴史では関孝和の功績にふれている。3次元ベクトルの内積外積は普通。グラスマン代数と行列式はまぁ、行列式の性質がグラスマン代数の定義と同じになってるねという感じ。ラプラス展開とプリュッカー座標はマニアックだ。プリュッカー座標は射影幾何で登場する、射影空間でグラスマン代数を用いるための座標である。

第3章は連立一次方程式。基本変形による解法(ガウスの消去法)、クラメルの公式を説明し、連立一次方程式の解空間がアフィン空間となることをさらっと述べる。研究ではアフィン空間についてそこそこ詳しく扱う。また別の研究では終結式と判別式について述べている。終結式とは多項式の共通解条件を行列式で表現したもので、判別式は解の差積の2乗である。ここでは判別式が、f(x)とf'(x)の終結式とほぼ等しい(等しいか−1倍)ことを示している。

第4章は計量ベクトル空間。内積の定義、グラムシュミットの直交化法、直交補空間、正射影と説明し、随伴写像を用いて複素線型空間の計量同型について述べる。そして双対空間。やはり説明は淡白で通り一遍(字はこれで良いのか)の解説で終わっている。

第5章は行列の標準化。固有値固有ベクトルを説明し、正規行列、対称行列、交代行列、直交行列のジョルダン標準形を提示。二次形式を説明して二次曲面の標準化。ケイリーハミルトンの定理、一般の場合のジョルダン標準形の理論を説明。正規行列について述べてある教養程度の本は珍しい気もするが、深入りしていないので残念。将来学ぶのでつまみ食いという感じか。

第6章は整式と方程式。1変数の多項式環ユークリッドの互助法。因数定理。素元分解(素因数分解)と原始多項式。3次方程式と4次方程式の解の公式、高次方程式とニュートン法を用いた近似解法。根と係数の関係。対称式と交代式。ユークリッド整域、代数学の基本定理

これで本書が終わるのであるが、線型代数の本というよりも、線型代数の振りをした代数学の超入門書という感じである。なので線型代数マニアの人には物足りないだろう。ただ、教養程度の本でグラスマン代数とプリュッカー座標に触れられている点は評価できるので、少し難しい言葉を使いたい人は、この本を読むのも良いだろう。

教える側としては、本書の随所にある代数学的視点は役に立つのではないかと思うし、自分も大学の講義等で役立てたいと思う。