矢ヶ部巌,行列と群とケーリーと,現代数学社(1978)

行列と群とケーリーと

行列と群とケーリーと

この本は線型代数の入門書ではないので、線型代数書評にはふさわしくないかもしれない。そして線型代数ならば、同著者の

線形代数の構図 (1980年)

線形代数の構図 (1980年)

の方が適切かも知れない。しかし残念ながらこの本は持っていない。現代数学の1976年8月号〜1978年2月号までの連載記事に基づいているものと思われるが、加筆修正されているかも知れないので、現代数学(BASIC数学を経て現在は理系の数学と雑誌名が変わっている)の記事については云々できるが、単行本については云々できない。

矢ヶ部先生と言えば、対話形式。香椎、箱崎、六本松の三者による対談となるわけだが、この本は香椎ではなく、香山となっている。不思議だ。ともかく、はじめににあるように、

この本の目的は、行列と群との学習ではない。行列と群との鑑賞にある。

とある。ケーリーの業績を軸に行列論と群論の起源を対話形式にて探るのが本書の目的である。なので感ずるがままに鑑賞せよ。ということなので書評をしてはならぬのである。

そこで、本書の特色と表層を紹介しておこう。

この本の特色は原典主義である。例えば、

ケーリーの、1858年の論文 A memoir on the theory of matrices のコピーだが、ココにあるだろう。

というように、原著論文が次々と引用される。すると、一番初めの行列の論文における行列の形が「パン屋さんの帽子」のようであることがわかる。また、ケーリーは線形写像から行列を定義しており、行列の積は線形写像の合成から導入していることがわかる。

原典主義は徹底していて、階数の起源のところで、フロベニウスの1879年の論文 Theorie der linearen Formen mit ganzen Coefficienten が引用される。もちろんドイツ語。後にコーシーのフランス語の論文も引用される。だから私自身、本書を十分に読めていないんだろうなぁと思う。

四元数八元数の話や、二次形式の理論が整数問題から始まったことなどが述べられて、行列の話は終わり。

群の起源については、整方程式論、グラフ理論、置換、非ユークリッド幾何学を経由して変換群へと到達する。しかし群論については、大学で習った程度の理解しかないので、偉そうなことはいえないので深入りしない。

線型代数群論の学習にあたって読む必要はないが、数学史の教養を深めたい人は資料として読んでおく価値がある本。

ところで、伊都さんは登場しないのだろうか?