甘利俊一,金谷健一,理工学者が書いた数学の本−線形代数−,講談社(1987)

この本を始めて読んだときは両著者を知らなかったのが非常に感慨深い。この従兄弟弟子の間柄による本書は、このシリーズの他の本が大きく役立ったのに比べて自分には向かない本であった。それにしても今となっては、この組み合わせで本が出たのが面白いのである意味貴重。

まえがきに

多くの教科書では次のどちらかの傾向に走るきらいがある。一つは、計算技術を重視し、計算を通じて線形代数の理解を深めようというものであり、行列と行列式、連立一次方程式、各種の標準形の計算を中心としている。

と、さりげなく伊理韓をちくりとしているのは穿った見方か。ともかく線型代数は数学で完結しているものでなく線型代数を必要とする数学の外の世界を見せることにより、線型代数への興味を引くという方法論をとっている。

これは私自身がかつて、数学への興味を引くために理科の世界を見せるように努力した頃を思い出す。この方法論の成否は数学の外の世界に興味を持ってくれることが前提となっている。私自身が提示した理科の世界への学生の興味は3割もあったかどうかわからず、成功したといえるのかどうかは正直微妙なところであり、商業的に成功したかどうかは汗顔のしたり、というところだが、それが元で理系に進んだという人もいるので、個人的には失敗していない方法論ではあった。

要するに、本書の提示した数学の外の世界に対する私自身の興味が薄かったところが自分に向かない本であったというわけだ。電気回路とか訳わからんかったし。もちろん、この本は周囲の反応を見る限り商業的には成功したように感じたので、良い本であることは間違いないと思うのだが。

第一章は、ベクトル空間と線形写像

ユークリッド空間の正規直交座標を前提とする数ベクトル空間をまず提示し、その次にベクトル空間の公理を述べ、ベクトル空間の例として、電気回路、ばね、多項式を出す。

線形結合と線形独立の定義。電気回路、ばね、多項式に対する線形結合を述べる。基底と成分表示、計量、線形写像と表現行列についても3つの例を軸に話が進む。例を除いた部分を眺めれば、特に工夫はない普通の内容。

第二章は、行列と行列式

線形写像を太字で書いて、表現行列を細字で書いて区別するのは伊理韓と同じ。計数の伝統か。

行列式を符号付面積、符号付体積から導入。等積変形に対応する行列の変形を使って対角行列に変形。この考え方は小島寛之著,ゼロから学ぶ線形代数,講談社(2002) - 球面倶楽部 零八式 mark IIにもある。シュミットの直交化を利用して体積を求める方法は、例えば

(この本は河田敬義,岩波講座基礎数学−アフィン幾何・射影幾何−,(1976)の再販)にあるように古典的だから、こちらを逆に定義しようという発想は自然であるということか。それにしても画像がない本ばかり紹介しているなぁ。

転置行列式については、普通に逆置換の符号が等しいことから証明。

等積変形を使って行列式を定義しているのにクラメルの公式を余因子展開を利用して述べている所は残念。

掃きだし法を述べて本章を終える。

第三章は、二次形式と計量。特筆すべきことはないが、例として回路やばねの力学系固有値問題を扱っている。

第四章は、ベクトル空間の線形写像。遷移行列、部分空間、ジョルダン標準形など、ごった煮状態。短編集という感じの構成。やっぱり読みにくい。でも制御標準形(有理標準形)が解説されているのは初歩的は書物としては貴重か。紙面の制約の中で捨て去るものの優劣がつけられず、詰め込みすぎたという、私自身も良く陥る罠に掛かってしまったようである。

両著者とも個々の研究分野では知らぬ人はいないというぐらい高名な学者であるが、著者どうしの意思の疎通ができていないのか、1+1がうまく機能していない残念な本である。扱っている内容は悪くないだけに練り直せば良書に化ける可能性があるだけに残念としか言いようがない本、というわけだ。