福井常孝,上村外茂男,入江昭二,宮寺功,前原昭二,境正一郎,線型代数学入門(訂正5版),内田老鶴圃(2005)

線型代数学入門 (1962年)

線型代数学入門 (1962年)

上記は初版の情報。第4版で二次曲線の分類の箇所を大幅改定。


さて、線型代数書評復活第一弾は、内田老鶴圃から始まる。IMEでは変換できないのは何でだ?ともかく、内田老鶴圃はマイナーな出版社のように感じるだろうが、個人的にはメジャーな出版社。一番初めにこの出版社の本を手に取ったのは

記号法による微分方程式の解き方 (1965年)

記号法による微分方程式の解き方 (1965年)

である。これは、少し大きくなって現在も出版中。

工学系学生のための記号法ですぐに解ける微分方程式 (金田数正基礎数学シリーズ)

工学系学生のための記号法ですぐに解ける微分方程式 (金田数正基礎数学シリーズ)

厳密な数学でないと受け付けない人には向かないが、とりあえず問題が解けるようになってから問題の構造を数学的に理解するという方向で勉強をする人には向いていると思う。

まぁ、内田老鶴圃の宣伝(?)はおいておいて、書評に移ろう。

実は、この本、線型代数学と銘打っているが、古典的な線型代数学の教科書、つまり「代数学幾何学」と呼ばれていたころの教科書が生き残っている形である。だから一般の、というか最近の線型代数学の教科書と基本的な構成がかなり変わっている。特に異なる点は、行列式多項式に関する比重がかなり高いということである。

まず、第1章が「行列式」から始まる。「代数学幾何学」の教科書では行列の定義よりも行列式の定義の方が先に来るものが多い。しかし、そのような教科書たちにおいても、行列式の前にベクトルぐらいは説明してあるものだが、本書は互換の定義から始まる。昔は当たり前であっても、今からみると非常に斬新である。

符号を用いて行列式を定義し、符号の性質から、第一の山場である「転置行列式」が行列式と等しいことを証明。行列式の性質も符号に基づいて証明している。

余因子展開、クラメルの公式と普通に進んだ後「終結式」の話題に。積の行列式を説明した後、練習問題にBinet-Cauchyの公式を用いたCauchy-Schwarz の不等式の証明があるというマニアックさ。もっとも、Binet-Cauchyの公式とは書いていないけど。

内田老鶴圃は行列式に思い入れがあるのか、

行列と行列式―辞書式配列1800問

行列と行列式―辞書式配列1800問

という超マニアックな本がある。先月SNDIの古本屋で見てみたが、買わずにおいた。

第2章は複素数複素平面とDe Moivre の定理。普通。

第3章は整式および整方程式。まぁ多項式論。対称式、交代式、代数学の基本定理、方程式の解の変換、3次方程式と4次方程式の解法、Descartes の符号律、Horner の方法というように、整方程式の解法が大きな軸となっている。

第4章で、幾何ベクトルと、ようやく今風の線型代数の話題に。

第5章、直線と平面の方程式

第6章、座標変換。1次変換登場。しかし第7章は二次曲線の分類と1次変換は少々おあずけ。

第8章で、行列計算。行列計算の4つの形をきちんと説明している。

第9章は二次曲面の方程式。二次曲面にはどんなものがあるかの紹介。

第10章にて、ようやくベクトル空間。どれだけ待たせるんだ?

第11章はベクトルの次元、

第12章、連立一次方程式。解空間を一般解+特殊解の形になることを説明。

第13章、ベクトルの内積

第14章、対称行列と直交行列。対称行列のスペクトル分解を説明。

第15章、二次曲面の分類。このために第10章から第14章、つまり線型代数の初歩を導入したのであって、二次曲面の分類を終えることによって、本書の目的は達せられたという訳だ。

あとは付録。代数学の基本定理、複素ユークリッドベクトル空間、群環体の説明。

著者曰く、第1章から第3章までは第1部、旧制度の代数学からの素材。第4章から第7章と第9章が第2部、解析幾何学からの素材。残りが第3部で線型代数学。目標を二次曲面の分類に設定し、不要な内容は排除した、とのことである。それ故、線型代数学入門という訳であろう。

という訳で、線型代数を学ぶには不十分な教科書ではあるが、本格的な線型代数を学ぶ前に、第3部の流れを掴んでおけば、今勉強している部分がそのうち何に結びつくかの安心感が得られてよいのではないだろうか。

ただ、二次曲面の分類が何の意味を持つのかについてはもう少し述べられても良いだろう。多変数関数を微分で1次近似することは一般的だが、極値における1次近似の表現は同じなので、極値を分類するには2次近似しなければならない。そのために二次曲面の分類が必要であるということを知っているかどうかで、意欲もかわるのではないだろうか。

いずれにせよ、目的を与えて、それに必要な知識だけを最短コースで与える、という形式は、昨今の集中力が不足しがちな人々には良い課題の与え方だろうと思う。そこで問題は、与えたい線型代数の知識をくまなく与えるには、いくつ目標を設定すればよいかということだ。その点において

座標変換、行列演算、内積、対称行列のスペクトル分解、二次曲線の分類

という流れは非常に明確で良い課題設定であるが、

行列式終結式、複素数、整方程式の解法

という流れは、40年前であればよい課題設定であったかもしれないが、現在としてはいまひとつな課題設定である。解析幾何学の部分において、三角形の面積や、共線条件を行列式で設定することにより、誤差がある状況で最適な推定をするという方が「工学の分野で重要な考え方」であることからも現在の課題設定として適切であり、こちらをメインとして、終結式などは付録扱いでよいだろう。

このあたりのことは、新たに線型代数の本を上梓するひとに参考にしてもらいたいところである。