- 作者:森 毅
- メディア: 単行本
ついめんどくさくて、二ヶ月ぶりの更新となってしまった。まぁ、おそらく今後もこんな調子になりそう。
この著者の森毅、数学者タレントとしての草分けと言っても良いのではないだろうか。ブログ筆者も若い頃、彼の講演を聴いたことがある。その講演の話は面白かったが後には何も残らなかったような気がする。数学者としての業績は良く分からないので、個人的には数学文筆者というイメージが強い。
さて、この本は、一度線型代数を学んだものが読んで、ふぅーん、と思う本なので線型代数の教科書と同様な評価は適さない。そこで適当に感想を綴ることにする。
第0章はなぜ線型代数か。これは哲学の問題。正比例の拡張として重要というところは納得がいく。
第1章は多次元量の乗法。行列の乗法(内積)を、製品の量を定めると原料の量が定まるという関数として導入する際に、製品をバターケーキとカップケーキにするという、所謂「バカ空間」を初めて知ったのはこの本。もう20年以上も前の話だ。これを題材にして行列の乗法を「まとめて考える」、つまり列ベクトルの線型結合の考えるという話をする。この章で注目すべきことは、
ベクトル \bm{a} のスカラー x 倍を \bm{a}x と表記することに躊躇しない点である。
つまり A\bm{x}=\sum \bm{a}_i x_i のように行列の順番通りに書きましょうという姿勢を貫いていることである。もちろん、将来テンソルの書き方に馴れてしまうと、どうでもよくなる些細なことではあるが、線型代数初学者に対しては、こういう細かい工夫は必要ではないかと思う。
第2章は直線と平面。座標についての話。アフィン空間についても述べており、アフィン部分空間のパラメータ表示と方程式(陰関数)表示も触れる。しかし
アフィン部分空間のパラメータ表示は、部分空間の内部における座標表示を外の世界から眺めたもの
という視点がきちんとかかれていないことは残念だ。あと、ker で割った商空間で準同型という話でこの章を閉じる。
第3章は次元。特に着目すべき点はないなぁ。
第4章は関数空間。多項式関数のなす空間は線型空間で、微分は線形写像。線型微分方程式の解空間は線型空間。階差も線形写像。シフト演算子を使って階差を表現。
双対空間のときに「バカ空間」が再登場するが、この説明は使えそう。
第5章は変換群。基本変形、掃き出しの説明。特になし。
第6章は内積。斜交座標の内積、双線形写像、距離(三角不等式とシュワルツの不等式)、シュミットの直交化法の概念を説明。基本的に雑文なので定式化はせず、3次元ぐらいを例にとって気持ちを述べているだけである。内積と双対の関係で締める。
第7章は幾何。アフィン空間についての説明。アフィン変換を平行移動で割れば線型変換という感じで終わり。あとは重心座標でチェバの定理。これを質点の力学で説明。この話は受験数学の裏技として長い歴史がある。ついで線型空間の切り口としてのアフィン空間を考えるので射影空間の話を簡単に。最後にアフィン空間に内積を定義すればユークリッド空間になるという話でおしまい。
第8章は面積。グラスマン代数として定義。符号付面積、クラメルの公式と説明する。この辺は行列式の多重線型性による定義を焼きなおしたものだから基本的にそれと同じ流れになる。
第9章は行列式。グラスマン代数で書く。積の行列式とその座標変換による解釈。
第10章は3次元空間。外積、等速円運動、四面体を例に体積=0として行列式を用いて平面の陰関数表示を考える。プリュッカー座標についても少し述べる。
第11章は複素数。大上段にテンソルの話をするが、複素平面でシムソン線の証明をやるだけ。
第12章は線型微分方程式。これを例に固有値、固有ベクトルの話の前振り。
第13章は固有値。スペクトル分解、ジョルダン標準形、行列の指数関数の話をする。しかし、ここで線型微分方程式に戻らないのが不思議。
第14章は2次曲面。2次曲面の標準化。2次曲面の接平面。
第15章は極値。極値付近を2次曲面で近似して状況を知りましょうという話。
第16章は振動。2階微分方程式の例として固有振動を扱う。
とまぁ、これでオシマイなのだが、昔読んだときはもう少し面白かったような気がするが、今回改めて読み直して、物足りなかった。それは、数ページの連載を纏めただけなので、その話も中途半端なところで終わっているからだと思う。また、前に読んでから20年経ったのだから、その間に自分の線型代数の知見も増えてしまったので、それゆえ楽しめなくなったのかもしれない。
おそらくは、この本の不足分を埋めようとすることが大切なのであろう。