- 作者: ハワード・アントン,山下純一
- 出版社/メーカー: 現代数学社
- 発売日: 1979/01
- メディア: 単行本
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この本は、自分が20年と少し前に始めて線型代数の勉強をした本であるから、やはり褒めねばならないだろう。
この本は、とにかくわかりやすい。昨今、線型代数の無駄本が幾百と書店に並べられていて、大切な本が書店から駆逐されている現状にがっかりしているのは筆者だけではあるまい。この本があれば大学1年生に対しては大抵事足りるとは思うのだが。
この本を含め、線型代数書評の着眼点は
1.計量のタイミング
2.行列式の導入
3.連立方程式と線型空間どちらが先か
4.数値計算を考慮した構成になっているか
5.抽象か具体か(理学か工学か)
となるだろう。これはとりもなおさず、筆者が線型代数を教えたりする場合に考慮する点でもあるからである。これ以外の着眼点については思い出す度に述べることとする。
以上の観点からすると本書は
連立方程式から行列を導入し、ガウスの消去法へとただちに進む。特筆すべきことは行列の和やスカラー倍を定義するより先に、行の基本変形が先に定義されていることである。もちろん、連立方程式を行列を用いて解く時には行列の和やスカラー倍は不要であるから、数学的には問題ないが、このような記述に踏み込むには勇気がいるだろう。もちろん逆行列もここには登場しない。むしろ逆行列を用いて連立方程式が解ける場合は稀であるから、それも当然である。
余計な知識を与える前に連立方程式の係数行列はランク標準形にするものだと洗脳してしまうのは見事である。このため連立方程式の不定や不能が自然に組み込まれるのである。
その後、本書は行列の和、スカラー倍、逆行列と定義し、逆行列をガウスの消去法を用いて求めることになる。ここで連立方程式の不定はアフィン空間論に結実することになるが、幾何的イメージを与えるのが3次元空間までにとどまっていて4次元以上の空間の幾何的イメージを与えていないのは残念である。
次に行列式であるが、これは古典的に置換を用いて定義されている。筆者は多重線型交代形式を用いるよりも簡単だと信念を持っているが、現状では置換を用いた定義でも難しいかもしれない。もちろん、n次元体積を用いて定義する方法も可能であるが、符号の概念は意外と面倒であるし、何よりも本来行列式の定義に不要な計量を用いているところが悩み所である。
しかし定義として何を用いるかはともかく、基本変形により三角化をしてから行列式を求める手法を前面に出しているのは素晴らしい。
この時点でわかるように、本書は数値計算が主眼にある本である。
ともかく、その後、余因子展開をして逆行列やクラメルの公式へと話が進む。
そして線型空間論へと進むのだが、まずは2次元と3次元で具体的なイメージを与えてある。この際、内積を定義しているが、正規直交基底を前提とした議論となる。3次元の外積もここで扱う。昔の高校生の「代数・幾何」の空間ベクトルの教科書と同程度の内容を与えた後、一般次元の線型空間の話となる。
一般次元の線型空間では関数についても扱うので、正規直交基底以外の話をしなければならなくなり、自然と計量を導入することとなるが計量行列は登場しない。グラムシュミットの直交化法から射影行列へと進み、最小二乗近似へと進む流れは面白いが、線型空間ということで、これらの議論がベクトルの視点からしか眺められていないのは残念である。行列の分解という観点からすれば、QR分解や特異値分解と絡めることができて面白いのだが。
と、これだけ多くの議論の後に、ようやく座標変換や基底変換が登場する(p.224)。ただし平行移動はなく、線型変換の特殊な場合としてのみ語られ、線型変換、行列の相似、固有値固有ベクトルと話が進む。昔の高校の「代数・幾何」の1次変換であるような、斜めの座標系という話や、それに伴って理解される線分比、面積比等の議論も省略されている(というより、そのような見方は当時は一般的ではなかったのかもしれない)。
「やさしい」という題名であるから、固有値、固有ベクトルの議論も深くはなく、ジョルダン標準形までは進まない。対角化可能、対称行列の固有値といった基本的な内容で終わる。
そして最後に、線型代数の応用として、線型微分方程式、フーリエ級数、二次曲線や二次曲面の標準化が述べられ、数値計算上の問題として枢軸付ガウスの消去法、
ガウスザイデルの反復法、ヤコビの反復法と乗冪法による固有値の近似解法などについて述べ、本書の構成は終わる。
今回、20年振りに全体を眺めた訳だが、本書の一番優れた点は、やはり連立方程式を解く時、いの一番に行の基本変形を持ち出したことだろう。これは今後の授業において参考にしたい。これにアフィン空間論をうまく絡めていけば十分現在でも通用する良い入門書となるだろう。
ただ本書は紙面の関係であろうが、全般的に表面的な議論で終わっている。これは著者も述べていることだが、証明を省略して、具体的な例で済ましているところも多い。この点は線型代数の本としては少々物足りないことだが、定理をキチンと証明することはできないけど、その定理が何を言おうとしているかがわかる状態が入門者のとりあえずの目標であるから、本書においてその目標は十分達せられているだろう。
なお、本書には続編がある。それは
H.Anton(山下純一訳),アントンのやさしい線型代数の応用,現代数学社(1980)
である。コンピュータグラフィックスの項目は、今となっては涙なしには見られないけれども、全般的に今読んでも十分楽しい。筆者は昔、遺伝に数学モデルの授業をしたことがあるが、その際、本書も参考にした。そう考えると、この本は完全に元をとっていると言えよう。